文学その6

『青空文庫』にある作品を『Google Translate』で英訳してみました。

冬:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(1-27)/27

冬 winter ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke Rainer Maria Rilke 堀辰雄訳 Translated by Tatsuo Hori まだすこしもスポオツの流行らなかつた昔の冬の方が私は好きだ。 I like the old winter, which is still a bit trendy. 人は冬をすこし怖が…

巴里の手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(225-289)/289

mortes de faim retombent de l'automne, mortes de faim retombent de l'automne, et on devine de toutes les cloches qui sonnent, et on devine de toutes les cloches qui sonnent, 〔les le`vres faites des me'taux timides〕. (Les le`vres faites d…

巴里の手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(187-224)/289

ロダンがこれらのすべての資料を一まとめにして置いたのです。 Rodin put all these materials together. が、「ラ・プリュウム*」の中に集められてある以外の、そしてより以上のものは、遂に一つも見出されませんでした。 But nothing more and more than …

巴里の手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(141-186)/289

それは人目につくやうなものではありませんでした。 It was not noticeable. そして、それは彼をぢつと支へて居りました。 And it was keeping him alive. この新しい動作は、その男を非常に落着かせたものか、彼は一瞬間全く輕快さうに歩いてゆきました。 T…

巴里の手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(102-140)/289

撒水車がゆつくりと登つてきました。 The sprinkler came up slowly. その管からは水が若々しく明るく噴出してゐました。 Water spewed out of the tube brightly and young. そして、まぶしいほど光つてゐる道路を、いい具合に暗くしてゐました。 And the r…

巴里の手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(72-101)/289

私は遂に、その鉛筆を買はなければならないことが分りました。 I finally found out I had to buy the pencil. そしてそれから、一八八〇年代の天鵞絨の長い外套をきて、使ひ古しの帽子の上に造花の薔薇をつけ(その帽子の下からは毛髮の束がはみ出してゐま…

巴里の手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(41-71)/289

私は長い病院に沿うて行きました。 I went along a long hospital. その門は、性急さうな、そしてがつがつしたやうな憐憫の樣子をして、大きく開かれてゐました。 The gate was wide open, with the hasty and courageous pity of pity. はじめて私が 〔Ho^t…

巴里の手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(1-40)/289

巴里の手紙 Paris letter ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke Rainer Maria Rilke 堀辰雄訳 Translated by Tatsuo Hori ライネル・マリア・リルケは一九〇二年八月末はじめて巴里に出た。 Reinel Maria Rilke went to Paris for the first time at…

トレドの風景:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(1-40)/40

トレドの風景 Landscape of Toledo ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke Rainer Maria Rilke 堀辰雄訳 Translated by Tatsuo Hori 一九一二年秋、リルケは一人飄然と西班牙に旅した。 秋 In the fall of 1992, Rilke traveled alone to Nishibaki. …

ドゥイノ悲歌:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(53-98)/98

我々が生命をあたへた事物、我々の生活に役立つた事物、我々と馴染み深くなつてゐる事物は、衰頽に向ひつつあり、しかもそれらのものはもう掛け換へのないものなのであります。 The things that have saved our lives, the things that have helped our live…

ドゥイノ悲歌:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(30-52)/98

我々、うつしみの、現在の我々は、時間の世界のうちでは一瞬たりとも滿足できませぬ、又、そこに拘束せられてもをらぬ。 We, the present of depression, cannot be satisfied for a moment in the world of time, nor will we be restrained there. 我々は…

ドゥイノ悲歌:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(1-29)/98

ドゥイノ悲歌 Duino tragic song ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke Rainer Maria Rilke 堀辰雄訳 Translated by Tatsuo Hori 次ぎの手紙の斷片は、リルケの作品をポオランド語に飜譯したヴィトルト・フォン・フレヴィチのさまざまな質疑に答へて…

ジャム、君の家は:ゲラン シャルル:堀 辰雄(1-44)/44

ジャム、君の家は Jam, your house シャルル・ゲラン Charles Guerin Charles Guerin 堀辰雄訳 Translated by Tatsuo Hori 「マルテの手記」の一節に、巴里の陋巷で苦惱に充ちた生活をしてゐる孤獨なマルテが、或日圖書館で讀んだ一人の田園詩人――山のなかの…

さらにふたたび:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(1-19)/19

さらにふたたび Again ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke Rainer Maria Rilke 堀辰雄訳 Translated by Tatsuo Hori さらにふたたび、よしや私達が愛の風景ばかりでなく、 Again, not only is Yoshiya the scenery of love, いくつも傷ましい名前…

旗手クリストフ・リルケ抄:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(388-430)/430

彼は腕のなかに、氣を失つた白衣の夫人のやうに、旗をかかへてゐた。 He put up his flag in his arm, like the fainted wife of a white coat. さうして彼は馬を見つけると、それに跳びのつて、驀地に駈けらせた。 Then he found a horse, and jumped over …

旗手クリストフ・リルケ抄:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(309-387)/430

伯爵夫人は微笑んだ。 The Countess smiled. 否。 no. それはただ幼さが彼の肩から落ちてしまつたからだつた。 It was just because the youth had fallen off his shoulder. あの柔らかな、暗いいろの衣が! それを奪ひとつてしまつたのは誰? That soft, d…

旗手クリストフ・リルケ抄:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(250-308)/430

彼等は一人の殺された農夫の上を馬で跨いで通つた。 They straddled a horse on a killed farmer. 彼は兩眼を大きく見ひらいてゐた。 He opened his eyes wide. その眼のなかには何かが映つてゐたが、青空らしいものはなかつた。 Something was reflected in…

旗手クリストフ・リルケ抄:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(161-249)/430

聖餅でも裂くやうにして。 Even tear off the holy rice cake. 「これがあなたをお護りするでせう。 "This will protect you. さらば。 Farewell. ――」ランゲナウ人は目を瞠つた。 --- "The Langenau were astonishing. 長いあひだ彼は佛蘭西人を目で逐つて…

旗手クリストフ・リルケ抄:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(91-160)/430

「夕」……「|小さかつたとき……」 "Evening" ... "When I was small ..." そこに寄り集つてゐる人びとは、佛蘭西や、ブルグンドや、ニイデルランドや、ケルンテンの谷や、ボヘミアの山や、レオポルト皇帝のもとから來た人びとだつた。 The people who came th…

旗手クリストフ・リルケ抄:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(35-90)/430

こんな全く無名の青年の書いたばかばかしい物語などを、誰が眞面目になつて取り上げてくれたでせう。 Who would have taken this seriously ridiculous story of a completely unknown young man seriously. ところが、突然、ありうべからざる事が起りました…

旗手クリストフ・リルケ抄:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(1-34)/430

旗手クリストフ・リルケ抄 Christopher Rilke ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke Rainer Maria Rilke 堀辰雄訳 Translated by Tatsuo Hori 「旗手クリストフ・リルケの愛と死の歌」はリルケの小時の作(一八九九年)である。 "The Song of Love a…

或女友達への手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(54-87)/87

そして彼は、一日の仕事を失はぬために、彼の母の葬式にさへ行くことを肯んじなかつたのでした。 And he did not agree to go to his mother's funeral to keep his day's work. その話を聞いた時、まるで、それは矢のやうに私に突き刺さりました。 When I h…

或女友達への手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(34-53)/87

どんな風にしたら、彼等の絶望した心を引き立たせ、彼等の歪んだ意志を――事件の行きがかり上、ほんの一時的な假りの性格をとつてゐたところの、が現在は、殆どその使ひ方も知らぬ異樣な力として彼等自身のうちに持ち扱つてゐるところの、その意志を調節して…

或女友達への手紙:リルケ ライネル・マリア:堀 辰雄(1-33)/87

或女友達への手紙 Letter to a girl friend ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke Rainer Maria Rilke 堀辰雄訳 Translated by Tatsuo Hori このリルケの手紙は、彼の死後、程なく、「新佛蘭西評論」(一九二七年二月號)に發表せられたものである。…

私が十四五歳の時:森 林太郎(1-61)/61

私が十四五歳の時 When i was 14 years old 森林太郎 Taro Hayashi 過去の生活は食つてしまつた飯のやうなものである。 生活 Past life is like eating eaten rice. 飯が消化せられて生きた汁になつて、それから先の生活の土臺になるとほりに、過去の生活は…

ロビンソン・クルソオ(序に代ふる会話):森 林太郎(178-269)/269

どうせ主義がどうのかうのと云ふやうな論をしてゐるのは、新しい學者です。 It is a new scholar who is arguing over what the doctrine is. 西洋の學問をした學者です。 A scholar who has studied the West. さう云ふ學者が個人主義と利己主義とを別にし…

ロビンソン・クルソオ(序に代ふる会話):森 林太郎(87-177)/269

それ丈の事なら、それは誰だつてしてゐますでせう。 If it's tall, it's who you are. 併しそれ丈では、人間は永遠に因襲の範圍内に囚はれてゐて、一歩もそれより外に踏み出すことは出來ないのですね。 But at that height, humans are forever trapped with…

ロビンソン・クルソオ(序に代ふる会話):森 林太郎(1-86)/269

ロビンソン・クルソオ Robinson Crusoo (序に代ふる會話) (Introductory talk) 森林太郎 Taro Hayashi 人物 Person 主人 master 客 Guest 譯者 Person 場所 place 主人の書齋。 My master, Shosai. 主人と客と對坐せるところへ、譯者登場。 To the place w…

能久親王年譜:森 林太郎(121-194)/194

二品に叙せられさせ給ふ。 It is made to be described as two articles and supplied. 十四年辛巳、三十五歳。 14 years spicy, 35 years old. 東京におはす。 Talk to Tokyo. 議定官を兼ねさせ給ふ。 Serve as a legislator. 歩兵大佐に任ぜられさせ給ふ。…

能久親王年譜:森 林太郎(1-120)/194

能久親王年譜 Noh chronology 森鴎外 Mori Ogai 弘化四年丁未、二月十六日能久親王京都伏見宮|第に生れさせ給ひ、満宮と名のらせ給ふ。 Koka 4th year, February 16 Noh, Chief of King Fushimi-gu, Kyoto | 嘉永元年戊申、二歳。 First year of Kaei, two …